糸をつむぐ女性 ~アマゾンと私~

この記事は、ムーブメント・メディスン創始者のひとり、スザナ・ダーリングカンによるものです。
彼らは毎年、アマゾンに人々を連れていくツアーを行っています。
アマゾンに生きる人々、そしてアマゾンを守る人々とのつながりや活動も描かれています。
日本語訳はBY佐藤治子さん!ありがとう☆



糸をつむぐ女性 ~アマゾンと私~
By スザンナ・ダーリングカン 訳:佐藤治子

アマゾン熱帯雨林奥深くのティンキアスという村に、体が小さく顔は皺だらけの、しかし輝いた瞳を持つ老女が住んでいます。
彼女は昔ながらの木綿つむぎの名人で、昔からの糸の紡ぎ方を知る村で唯一の人間です。以前は、女性たちは皆同じやり方で
糸を紡ぎ、その糸で家族の衣服を織っていました。


私たちが訪ねるといつでも、彼女は糸のつむぎ方を教え、笑いながら私たちにも糸つむぎをやらせてみてくれます。ほとんど目は
見えないのに、彼女は驚くべき速さで糸を紡ぐのです。でこぼこがまったくなく美しい、完璧な糸を。それに比べて我々のつむぐ糸といったら、ぼこぼこしていてむらがあり、とぎれとぎれ。もちろん、彼女くらい熟練した技術を身に着けるには長い年月の練習が必要なのですが。


自分たちの手で夢中になって糸を紡いでいる間、私は彼女の年齢と、彼女が生き抜いてきた長い年月に思いをはせてみました。
私は通訳者に、彼女が生きてきた歴史について、我々と何かシェアしたいことがあるかどうか尋ねてくれと頼みました。アチュア族の戦士である通訳者は、この偉大なる老女の耳に届くように、大声で尋ねてくれました。彼女はすぐさま答えました--まるで
この物語が彼女の中ですでに準備ができていて、ただ語られるその瞬間を待っていたかのように・・・。


「昔、まだ私が若かった頃、夫と一緒に森林を歩いていました。夫はとても歩くのが速く、私はついていけないこともよくありました。たいてい彼は私を待っていてくれましたが、あるとき私たちははぐれてしまいました。私は彼を見失ってしまったのです。暗くなったので寝床を作り、一人ぼっちで森で眠ったその夜、私は夢を見ました。世界中の人々が私たちを訪ねてこのアマゾンにやってくる、そんな時が訪れる、そんな夢です。」彼女は私を見上げて微笑んだ。「そして今、あなた方がここにいます。」


50年もしくは60年ほど前、アマゾン奥地に住むアチュア族の女性にとってそのビジョンは考えもつかないことだったに違いないと、
私は改めて考えてみました。
今、彼女は自分のみた夢が現実となったことをとても喜んでいます。


次の日、私は自分のビジョンを思い出しました。
「私はアマゾンのジャングルの上を飛んでいる。地上では人々が蛇のようにくねくねと連なりながらジャングルを歌い踊っている---あらゆる国々の、あらゆる年代の、あらゆる人種の人々が。それは私たち、ともに地球に生きる人類だ。」
このビジョンがまだ完全に現実化したとは言えないにしても、今私が世界中の人々とアマゾンで歌い踊っているのは偶然ではありません。

25歳の時にみたこのビジョンは、私がダンスを「魂の指針」とするきっかけとなりました。そのおかげで私はガブリエル・ロスに出会い、これからもずっとこの出会いに感謝することでしょう。あれからおよそ30年。その間、私は人生のそして愛のパ-トナ-、ヤコブと共に、自分のハ-トに従い夢に挑戦し続けています。2007年に私達はムーブメント・メディスンの学校を創立しました。そして学校がパチャママ・アライアンスと提携したおかげで、私はアチュア族のこの美しい糸紡ぎの老女と出会い、ともに夢を紡ぐことになったのです。


夢はアチュア族にとってとても重要です。アチュア族は毎朝夜明け前に起き、たっぷりのグアユサ茶を飲むために火を囲みます。
このお茶は森の植物が原料で、弱いカフェインのような効能があり、味は緑茶のようなものです。ヒョウタンの容器いくつかにグアユサ茶をいれて、彼らは森のはずれに行き、身体を浄化するためにそれを一気に飲み干すのです。あまり気持ち良さそうではないかもしれませんが、やってみると驚くほどに私は元気になり浄化されました。その後、人々は座って自分たちの見た夢をシェアして解釈します。彼らの「夢案内システム」に従って、その日に何をするかを決めるのです。


21年前の1995年、アチュア族のシャ-マン達は、石油開発による深刻な脅威が彼らの土地に近づいてくることを夢やビジョンの中で見始めました。アチュアの人々は自分たちを脅かす物から逃げないという事を文化的な信条としています。ラファエル・タイーッシュというアチュアのシャ-マンはその信条に従い、協力を求めてアマゾンの外の現代社会にやってきたのです。彼の訴えは聞き入れられ、それに応えてパチャママ・アライアンスが誕生しました。この団体には、ビル&リン ツイスト夫妻がいました。


アチュア族たちはアライアンスの創立者たちと共にアメリカ全土の人々に次の2点を要求しました:1)彼らの森林を守る手助けを
すること 2)「北方の夢」を現実化させないこと、です。


その後パチャママ・アライアンスはアチュア族が自分たちで領土を地図化し法律的所有権を手に入れて、領土に入れるものと入れないものを自分たちで決めることができるようにサポ-トを続けています。アライアンスの業績が功を奏し、今に至るまでアチュアの領土は本来の姿のまま現存し、開発されていません。


アライアンスの活動としてもう一方の目玉は、ヤコブと私のパチャママ・アライアンス活動の原点となる’ Awaking the Dreamer’シンポジウムです。(日本では“チェンジ・ザ・ドリーム シンポジウム”と呼ばれ、NPOセブン・ジェネレーションズが行っています)
私たちはこのワークに深く感動し、私たちの人生も大いに変化しました。今の自分のままでいたい人にはお勧めしませんが。


このシンポジウムは我々ひとりひとりが「北方の夢」を変化させる為にそれぞれの果たすべき役割に目覚めるための強力なツ-ルです。「夢(dream)」とは「物語(story)」です。それはunexamined assumptionsつまりチェックされずに通る根拠のない推定で、我々の認識や選択を無意識のうちにしかし強力に決定づけます。’ Awaking the Dreamer’は哲学的、歴史的、心理学的、そしてスピリチュアルな側面からみても非常に知的なシンポジウムだと思います。私はこれまでこのシンポジウムに何度も参加しましたが、参加するたびにいつも新たな感動を覚え、新しいことを学びます。できるだけはやく参加してみることをお勧めします。以前このシンポジウムに参加したことがある人ならば、現在行われている物が進化していることに気づくでしょう。アライアンス側が常にアップデート
しているからです。シンポジウムは現在オンラインで ‘Awaking the Dreamer’ や‘Game –Changer Intensive’に参加することが可能
です。


NGOが、我々文明社会の根本問題に働きかけながら、原住民たちが組織を作り自立するための資金を長期にわたって援助することは非常にまれなことだと私たちは認識しています。NGOの多くは数年続くあるプロジェクトに基金を援助し、その後活動をやめるのが普通なのです。パチャママ・アライアンスの活動や在り方は180度異なります。私はこの協会で、先住民族と現代の英知両方のサポ-トをするという自分の役割を果たせることをとても誇りに感じています。


パチャママ・アライアンス独自の手腕や原住民に敬意を表する活動の仕方がわかるにつれて、アマゾンの他の部族たちも同盟に
加わることを望むようになってきています。その結果、最近始まったエクアドルでの「パチャママ財団」の活動に至るまでに、アライアンスの権限はより多くなり、共に活動する多様な先住民族のグル-プも増えてきています、そしてその民族たちの多くはかつては敵同士だったのです。アライアンスの拡大によって、さらに最近サパラ族が同盟に加わりましたが、首長のマナリはムーブメント・メディスンのサマ-ロングダンスにすでに2度参加しています。


マナリはサマ-ロングダンスに参加したことで、彼らと同じような夢を抱いている人々が世界には他にもいるのだということを知り勇気づけられたと語ってくれました。これは彼らの孤立感が薄れたということです。マナリは、彼の暮らす森林から出ると普通はスピリットと交信するのは不可能になるのだが、ロングダンスの中では同じように交信することができたとも語ってくれました。これを聞いて私たちはとても感動し、信頼する先住民族のリ-ダ-からの我々の活動に対して大切な見解をいただくことができました。


2013年12月に、エクアドル政府は「パチャママ財団」の活動を停止しましたが、この組織が先住民たちの権利支援にどれだけ効果をあげてきたかを表すこととなりました。この政府の対応に屈することなく、高名な先住民の権利擁護者であり、素晴らしい心、魂、才能の持ち主であるベレン・パエズの指導の下に活動は継続しています。


最近行われたアマゾンでのあるミ-ティングでは、シャ-マンのラファエル・タイーシュがビル・ツイストと会談し、アチュア族が今後どれだけの期間アライアンスの支援を期待できるか尋ねました。「あと100年とか、そのくらい」とビルは答え、ラファエルに長期間の援助を約束しました。その場に安堵の空気が広がりました。ベレンもその場に居合わせ、このやり取りがいかに感動的なものであったかを我々に語ってくれました。


マナリは思いやりにあふれ、精神世界の理解に優れた人物で、知り合ってから何年にもわたって私は個人的に彼の考えに救われてきています。彼の知恵と見解によって、私は母の死に対する嘆きを癒すことができたし、私が今までにみたいくつかの不思議なビジョンの示す癒しを理解し、私がその癒しを受け取るのも助けてくれました。


同じような寛大な精神を私たちが最近アマゾンを訪れた時にも感じることができました。私たちがサパラ族のエコプロジェクトであるナクを訪れる2週間前、エクアドル政府はアマゾンの森林やサパラ族たちに多大なダメ-ジを与えるであろう、石油採掘の契約に署名したのです。マナリは存在の危機を感じ、来るべき出来事に対して肉体的そして精神的に備えました。そんな状況下でさえ、マナリは一人一人がそれぞれの人生の航路を進むための配慮と気配りを示してくれ、その態度に私たちは心を揺り動かされました。
私たちがアマゾンを発つ日に、彼はこんなことを話してくれました。


「状況は非常に厳しい。「搾取的思考」と「循環型社会という理想郷」が対決する最前線がサパラ族の居住区域に迫ってきている:生物多様性に富んだ、薬草やそれぞれ独自の文化を保有する100万エ-カ-の手つかずの熱帯雨林。サパラ族の居住区はまた巨大な二酸化炭素吸収源でもある。」


この問題は解決困難で、複雑な様相を呈しています。エクアドル政府の苦しい状況もわからないではありません。ここ数年、国全体で広く必要とされるインフラ整備(道路、学校、病院など)のためにエクアドル政府は中国から多額の負債を抱えています。中国政府は、代わりにエクアドルの石油を欲しているのです。地球上での状況を考慮すれば、明らかにほかの解決方法があるはずです。地球上の先住民たちが、今、文字通りこの惑星の将来的な幸福を消耗させるような資源強奪に対してNO!を表明し始めています。


2016年1月エクアドル政府は石油採掘区画79と83の権利を中国の企業に売却しました。これらの未開発アマゾン熱帯雨林地域はサパラ族だけでなく、サラヤク地域のキチュア族や孤立先住民であるタガエリやタロメナネの居住区となっています。
この売却は、エクアドル政府が「自然の権利」に対して憲法責任を負っているのに、問題となる熱帯雨林地域の原住民たちには何の相談も報告もなく(それがエクアドルの法律なのです)、2015年のパリ協定や、サパラ族の文化が2001年にユネスコ世界文化遺産に指定されているという事実をすべて無視して行われました。


先住民たちの大部分は政府に対してはっきりと「No」を表明し、その態度はゆるぎないものです。「私たちの領土に侵入してこないでください」というのではなく、「我々はこの暴挙を認めない」と言っているのです。このように自分たちの立場、おかれている状況、地球全体や子供たちの未来のために自分たちが今できることをよく理解しており、影響力を持った強くそして非常に寛大な先住民族たちと出逢うことは、まさに神の恵みとしかいいようがありません。


数年前、アチュア族の若きリ-ダ-であるアウグスティンは語っています。「我々の祖先はアマゾンが危機に瀕するこの時が来るのを予見していた。そしてまた、我々だけではなく、味方を得ることで森林が持ちこたえるであろうことも。」
(ビデオでアウグスティンのような若きリ-ダ-たちの後ろに立っている)予知能力のあるアチュアの一人、ドミンゴは語っています。「予言はこうだ、今こそ鷲とコンドルが同じ空を共に舞う時なのだ。我々先住民族の最善の知恵は我々を困難から救い出してくれる近代社会のもっともすぐれた知識と統合するのだ。私たちはお互いを必要としているのだ。」


最近訪れた場所で、私たちと先住民族たちが共に何度も夢の中で見たのは、アマゾンの原住民たちと共に、全世界の本当に多くの人々が共に立ち上がるという、愛・連帯意識・つながりのネットワ-クであり、その結果アマゾンの森林は守られるだろうというビジョンでした。パチャママ・アライアンスは、“ジャングルの大地から石油を採取するというような行為はあり得ない”という意識に変容するには、さらにあと2,3年はかかるだろうと見込んでいます。だからこそ、もし我々全員が協力して、“その時”まで現状を維持することができれば、アマゾンの原生林を無傷のまま守れる方向にいけるかもしれないのです。望みさえすれば、あなたもそのための何らかの役割を果たすことができます。(このままどうぞ読み進めてください)


今のこの時代で特筆すべき点は、女性たちが果たしている役割です。ジャングルではつい最近まで、男女の役割は非常にはっきり区別されており、外部の世界と接触することになったときは女性たちは表面に出ることはありませんでした。しかし、今や、女性たちがリ-ダ-シップをとって変化を起こすために協力しています。石油採掘企業がアマゾンへの進出を表明した2016年3月8日の国際女性デ-には、7つの地域から集まった500名の原住民の女性たちがプヨでデモを行い、石油会社はその日はアマゾンの中に入ることはできませんでした。


この記事を読んだとき、私は感謝と歓喜の涙を流しました。ベレン・パエズが語ったように、先住民族の女性たちと世界中の活動家が、アマゾン熱帯雨林とそこに住む人々の権利を守るために共に立ち上がり、連帯意識を持って交流するという経験をしている今このときは、極めて特別で歴史的な瞬間であり、我々は長い間この時を待ち続けていたのです。
私はネルソン・マンデラの言葉を思い出していました。「何かをなし得る前には、何事も不可能に思える。」私たちの活動は終わってはいないけれども、重要な一歩を踏み出したのです。


私たちはマナリの動画を2016年2月22日に作成し、過去2、3年の間にもいくつかの映像を撮っています。皆さんのネットワ-クでもどうかこれらをシェアしてください。

ビデオ
Manari 
:https://www.youtube.com/watch?v=uWwGjom1S_Y&feature=youtu.be
*The fierce passion of a young Achuar leader (アチュア族リ-ダ-のとてつもない情熱)
:https://www.youtube.com/watch?v=m3CkSLk6fQk
*Maria speaks(マリアの語り)
:https://www.youtube.com/watch?v=m4GL5Y6D0kk
*Mukasawa speaks(Mukasawaの語り)
:https://www.youtube.com/watch?v=g1dMrc5K17Y
*Jose speaks(ホセの語り)
:https://www.youtube.com/watch?v=hUWMthqLd48
*Jorge speaks(Jorgeの語り)
:https://www.youtube.com/watch?v=M2vmxDBw4Bg

さらに、アマゾン・ウォッチの20周年を記念に作られたこちらのショ-トビデオもご覧ください。: 
https://www.youtube.com/watch?v=004rQgFInRw
アマゾン・ウォッチはパチャママ・アライアンスと親密な関係にあり、素晴らしい協力体制をとりながら活動している団体です。
私はこれらの見事な活動すべてに対して感謝の気持ちに堪えません。
確かなものはありません。同時に、起こることは我々全員が行動したかしないかにかかっているのです。


この地球上では、異なる世界感や夢をもつ人々の間で、人々が採掘したい他の資源についても同じような話し合いが繰り広げられています。しかし基本的な問いかけは変わりません。「我々は誰になりたいのか?」さらには、「我々は誰なのか」そして「この時代に生きている我々の世代はどういう風に(後世に)記憶されるのか?」
実際のところ、我々は誰かの記憶に残るのでしょうか?/我々のことを覚えていてくれる人は存在するのでしょうか?


今回のアマゾンへの個人旅行は、終わってみれば、自分の内側の深い部分で「私はいったい何者なのか」を考える重要なきっかけとなりました。このことは私の行動、認識すべてに影響を与えていて、私にはそれを十分に統合していく力があります。準備が整ったと自分で感じたら、この点についてさらに書こうと思います。私はアマゾン原生林の生命やそこに暮らす人々と出会い、共に生き、友情をはぐくみ、自分の人生の中でどれだけこれらと関わることが大きな位置を占めているかに気づく機会を得たことを心から嬉しく思っています。


私はこのようなチャレンジとチャンスが与えられたこの時代に生きる我々一人一人が、自分自身の気持ちと心の声を信頼し、思い切って自分に与えられた使命を果たしてみることを奨励します。リン・ツイストが言うように、「大きな使命も、小さな使命もない。あなたにはあなたの使命があるだけだ。あなたが自分の使命を果たすとき、あなたは人生にずっと夢見てきたような意義を見出すでしょう。」


あなたにできる重要かつ効果的な役目は、寄贈者になりパチャママ・アライアンスを支援することです。そうすればアマゾンの人々をしっかりとサポ-トできます。定期的に寄付をすることによって、アマゾン地域や世界中で取り組まれている「北方の夢」の内容を書き換えるための活動を継続させていくサポ-トができるのです。長期の寄贈者とは、毎月、もしくは毎年ある金額を協会に寄付して下さる方々で、この方々のおかげでアライアンスはアマゾン先住民族のために献身的に活動できるし、先住民たちが人類全体のために自分たちの住む森林を守ろうと行動する力に確かな影響を与えています。このことについてどうぞよくお考えください。私は、アライアンスに寄付をするということが、我々にできる最も重要な投資だと考えています。


あなたがして下さるすべてのことに感謝をささげます;それが祈りと行為のどのような組み合わせであろうとも、大きなことでも小さな事でもいいのです。場所もどこでも構いません。あなたが、命と愛のために、あなたの魂の声に従って行動することを決めてくださったなら、どこでもいいのです。


この記事を読んで下さってありがとうございます。私が自分の役割を果たすためにム-ブメントメディスンから受けた援助、またほかのすべての援助に対して感謝いたします。私一人では決してできなかったことです。

あなたのため、私のため、そして人類全体のために、愛をこめて、勇気を願って。

スザナ・ダーリングカン

この記事は、デイビッド・タッカー, クリスティーナ・セラーノ, ヤコブ、そしてスザンナ本人が企画した2016年アマゾンへのパチャママ・ジャ-ニ-「世界の魂とともに踊る」から帰途についた後に書かれたもの。この上記の4人と北米やヨーロッパから集まった意識の高い人々による4度目のアマゾンへは、パチャママ・アライアンスのグル-プが熱帯雨林に足を踏み入れた中で最長の旅となった。スザンナとヤコブはSchool of Movement Medicineの創設者。写真提供に際して、ムーブメント・メディスンやこれまで我々がかかわった団体の方々にお礼を申し上げます。  

百聞は一見に如かず

☆この記事は、NPO法人アグレコが月一で発行しているフリーペーパー「agreco」に寄稿しているものです。
~みんなでくらしをつくる~というテーマの雑誌で、個性あふれる方たちの描く糸が紡ぎだす月刊誌。
群馬・東京・栃木で手に入れることができます☆



皆さん、K-1を知っていますか? 
私はついこの間まで知りませんでした。K-1とは立ってする格闘技。
キックボクシングや空手、カンフーのK。KingのK。そのスーパーフェザー級世界最強トーナメントに行ってきました。
平和主義、暴力反対、菜食主義の私。つい2ヶ月前まで、格闘技??
まったく興味もないし、なんでわざわざ舞台に上がって傷つけあうんだろう・・・・?
と思っていた私。 
それが群馬から東京の代々木まで行った理由。それは“人”でした。


今年の夏にスペインに行ったときに、どういうわけか通訳をするご縁をいただきました。
その相手はなんとK-1選手。世界チャンピオンにもなったスペイン、コルドバ出身の選手でした。
話しているうちに、まっすぐで、飾り気がなく、自分の仲間や生まれ故郷を愛し誇りに思う彼のあり方が胸を打ちました。
村の1週間続く祭りで、ほとんど寝ていない最終日の朝。疲れがピークであるにも関わらず、ビデオ・写真撮影を何度取り直しても、嫌な顔をまったくせず、42度あるコルドバの暑い夏の日差しの真下でインタビューを受けてくれました。
踊ったことはない、嫌だ~、と言っているのに無理やりフラメンコを踊らせても、屈託のない笑顔で頑張る彼に、
私は感動すらしました。
その彼が日本に来て、世界チャンピオン戦に挑むなら、絶対観に行く!!そう思ったのです。

代々木第二体育館。着いたとたん、想像していた“格闘技の空気感”とは明らかに違っていました。
そこは、興奮とワクワクのエネルギーで溢れていました。着いてすぐに、私の応援する選手、ハビエルの登場でした。
初めての格闘技の試合を前にして、私はどう応援したらいいかわからず、もう祈るように彼を見つめました。 
3分×3ラウンド。たったこの9分の中で、選手は命を懸けて戦うのです。


私の身体は震えていました。そして、みぞおちに強い圧迫感。それは私の生存本能が、
リングの上に立つ選手のアドレナリンに反応しているようでした。


4時間の間、いくつものファイトを観ました。その中で印象に残っているのは、戦いだけではありません。
リングに向かう選手や審判、サポーターの態度。上がる前に祈る。四方の観客に向かって礼をする。
勝ち負け関係なくお互いのチームとの挨拶。相手チームの選手にファイトの後で水を飲ませる習慣。
もうこれ以上やったら危ない!そう判断して選手を止める審判の愛。
そのすべてを目撃しました。
リングは“聖地”でした。
一人の人間が、もう一人の人間と向かい合い、すべてをさらけ出して命を燃焼させる。
ファイトは“セレモニー”でした。


応援するハビエルは残念ながら負けてしまいましたが、彼の人となりが、私にこの体験をさせてくれました。
ハビエル、そして戦う選手たち。
感動をありがとう!!



夏よ、ありがとう

☆この記事は、NPO法人アグレコが月一で発行しているフリーペーパー「agreco」に寄稿しているものです。
~みんなでくらしをつくる~というテーマの雑誌で、個性あふれる方たちの描く糸が紡ぎだす月刊誌。
群馬・東京・栃木で手に入れることができます☆



日本に帰ってきました。
羽田に到着して、一番最初に感じたことは日本の空気の“柔らかさ”でした。
日本の湿度、つまり空気に含まれている“水”が、とても身体に心地よく感じました。
「暑い暑い」としきりに皆が口をそろえて言います。
スペインでも、日本でも同じです。
それは夏の合言葉。暑い、ということでお互いにそれが本当である、
ということを確認しているみたいに私には聞こえます。


最初のうちは、暑いよね、と言われても、
スペインのジリジリと照らす太陽と乾燥した空気に慣れていたおかげで私には暑い、
とはまったく感じられませんでした。いや、厳密に言うと暑いとは感じるけれ
ど、夏だから暑くて当たり前。暑くて汗をかくのが夏。という気持ちもその裏にはありました。
でも
帰国して 2 週間が経ち、その合言葉「暑い暑い」をずっと耳にしているうちに、
私もいつの間にか「暑い」と口にするようになっていたのです!


マドリードのスタジオではエアコンがなく、毎日汗だらだらになって踊っていました。
そして時折、開いた窓から入ってくる風に祝福を感じました。
日本のエアコンのある自分のスタジオに戻り、私は正直悩みました。
日本でも同じように、みんなに汗を沢山かいてもらうか、それともエアコンをつけるか。
これまた「熱中症・熱中症」という合言葉が巷を埋め尽くす日本の夏。
様々な年齢層の生徒さんたちがいらっしゃる中で、私はどういう選択をしていったらいいのか。


答えは、帰国してすぐに感じた“柔らかさ”にありました。
たった一つの正解としての選択ではなく、
柔軟に、
その時に目の前にある状況に応じて適応していくこと。
それはまさにダンスが私に教えてくれることでもあります。
呼吸と一緒に身体を自然に動かしていくとき、まったく同じ動きは生まれません。
一つの動きが次の動きを生み出し、それが脈々と流れるように繋がっていく・・・


自分の思いも大切にしながら、目の前にいる人を大切にすること。
環境に思いをはせながら、私たちの身体の声に耳を澄ませること。
「何が正しい」という絶対の信念を掲げて押し付けるのではなく、
この日本の空気のように柔らかく、柔軟であること。


夏が、そして日本の空気が教えてくれました。
ありがとう。


暑さの効用

☆この記事は、NPO法人アグレコが月一で発行しているフリーペーパー「agreco」に寄稿しているものです。
~みんなでくらしをつくる~というテーマの雑誌で、個性あふれる方たちの描く糸が紡ぎだす月刊誌。
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イギリスでのムーブメント・メディスンの卒業式が無事終わりました。
6年間通い続けたデボン州・トトネスでの卒業式は一生の宝物となりました。
両親や友人も日本から参加してくれて、新しく開かれた道に向かって大きな祝福をいただきました。

卒業式の前には自然の中でビジョンを乞う“ビジョンクエスト”も行いました。
それは今までの環境から完全に自分を切り離し、大自然に自分を委ねるプロセスでもあります。
真冬の支度を準備してくるように伝えられていたのに、6月だからそんなに寒くないだろう・・・と甘く見ていた私は寒さに震えることになりました! 寒い中、イギリスらしい雨が降り、服・靴はびしょ濡れ。
3日間私は完全に裸足で過ごしました。
裸足で歩くことは繊細な感覚を取り戻すことだとそのおかげで気付きました。小さな石や濡れた苔、とげのある植物、動物のフン。日本だと車でアスファルトを走ることが主な交通手段である私の生活から離れ、もう一度自分の生きている環境をミクロ・レベルで感じ、感謝するチャンスでもありました。

今はスペイン・マドリードに来ています。
ムーブメント・メディスンと同時に私の道であるフラメンコともう一度向き合うために来ました。
毎日5時間踊ります。最初の1週間、私の身体は疲れ果て、クラスが終わってお昼を食べると目が
開けていられなくなりシエスタ(お昼寝)を3時間。夜は8時間以上眠りました。
疲れは環境の極端な変化のせいもあったでしょう。真冬から真夏へ。
寒さに震え太陽を求める場所から、汗だくになって太陽からできるだけ離れようとする場所への移動。

でも2週目に入ると格段に身体の変化を感じました。
筋肉痛はないし、シエスタをしなくても夜まで目を開けていられる! スペインの暑さにも慣れて夏だと夜10時まで明るいスペイン人の普通の生活を楽しめるようにもなりました。
それはバル!スペイン人口の120人に一つはあるといわれるバルは夜遅くまでどこもいっぱい。そしてバルに行くと、とにかくうるさいのです。それは私が思うに一人一人の声が大きいというよりも、“外向け”の丁寧な声でなく、“地声”で話しているから。

スペインにも敬語はあります。2人称、つまり「あなた・きみ」に当たる言葉が“Tu”と“Usted”。
でもこれまで買い物に行っても、バーに行っても、初めて会った人にも敬語である“Usted”を使われたことはありません。最初から“Tu”。日本語で言ったら、「きみ・お前」でしょうか。私はそのあけっぴろげさ、というかシンプルさが大好き。何年も一緒に過ごした友達も、今出会ったばかりの目上の人にも、誰にでも”Tu”を使う文化。この熱い太陽の元、深刻になんて考えていられない。誰がどんな人であろうが、みんなを平等に扱い、扱われる。
フラメンコ誕生の大切なルーツであるジプシーたちがどうしてこの地にとどまったのか、私には分かる気がするのです。


2016年8月号

ワクワクの秘密

☆この記事は、NPO法人アグレコが月一で発行しているフリーペーパー「agreco」に寄稿しているものです。
~みんなでくらしをつくる~というテーマの雑誌で、個性あふれる方たちの描く糸が紡ぎだす月刊誌。
群馬・東京・栃木で手に入れることができます☆



私は空港が好き。この、待っている時間が好き。
どこにも属さない、まるで時が止まったような時空間に、みんな誰もがどこかに向かって旅をしている。
沢山のドラマがある。出会いや別れ。喧嘩。苛立ち。感動。わくわく!!

今イギリス行きのフライトを待ち羽田にいます。
外を見てもコンクリートと鉄の塊の飛行機、空気も空気清浄機からの送風、緑もない・・・・
そんな、普段なら逃げ出したくなってもおかしくない状況で、私の心はワクワクしている。
それは何を隠そう、「旅」が起こすマジックなのです。

「旅」とは未知の世界に飛び込むこと。
これから見えてくる風景や出会うもの・人に思いをはせ、イメージを膨らませ、感じる。
あと数時間先に立っている場所をすでにこの身体のどこかで感じながら、私たちはこの~空の港~に集う。
飛行機の中では、その鉄のオブジェの中に包まれながらヨーロッパまで約12時間。
私は今回、カタールを経由していくので、計20時間以上を空の上で、異空間の中で過ごす。
昼も夜もまじりあい、体内時計はあっという間に狂いだす。
足はむくみ、隣の人の寝息を聞きながら、窓を閉めろ、開けろとフライトアテンダントに言われながら
私のしみじみとした興奮は冷めない。

そして、この「旅」の時間で最も好きなことは、インスピレーションが湧き出してくること。
空港で待っている時間もそうだけれど、飛行機の中で、みんなが映画を見たり、寝静まったりするときにそれはピークを迎える。
ふつふつと、泉に浮き上がる湧玉のようにインスピレーションが溢れ出てくる! 
やりたかったことの詳細なイメージ。これからの人生へのビジョン・・・・・
いつもいつも不思議に思っていた。そしてある時ふと思った。
それはもしかしたら、私の身体が空に近いせいかもしれない、と。 

飛行機から地上を見ると、すべてはあまりにも小さく見える。昼間には山の山脈が、そこに流れた水が創った地上絵が水墨画のように見える。夜には光が見える。地上に見える光は、そこに人間が住んでいることを教えてくれる。そしてその光の数多く輝く姿に、感動する。
夜の都会を歩くときに、その光の多さで夜の空が見えない、電機の無駄遣いだ~と思うのに、空から見えるその生きた人間の証は、私の胸を締め付ける。いとおしくなる。
人間という、空からは蟻の姿にも見えない、小さな小さな生き物が、命が出している光を。

皆さん、旅をしましょう。そして未知の世界にワクワクしながら、人間をいとおしく感じてみませんか。


2016年7月号
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