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暑さの効用

☆この記事は、NPO法人アグレコが月一で発行しているフリーペーパー「agreco」に寄稿しているものです。
~みんなでくらしをつくる~というテーマの雑誌で、個性あふれる方たちの描く糸が紡ぎだす月刊誌。
群馬・東京・栃木で手に入れることができます☆



イギリスでのムーブメント・メディスンの卒業式が無事終わりました。
6年間通い続けたデボン州・トトネスでの卒業式は一生の宝物となりました。
両親や友人も日本から参加してくれて、新しく開かれた道に向かって大きな祝福をいただきました。

卒業式の前には自然の中でビジョンを乞う“ビジョンクエスト”も行いました。
それは今までの環境から完全に自分を切り離し、大自然に自分を委ねるプロセスでもあります。
真冬の支度を準備してくるように伝えられていたのに、6月だからそんなに寒くないだろう・・・と甘く見ていた私は寒さに震えることになりました! 寒い中、イギリスらしい雨が降り、服・靴はびしょ濡れ。
3日間私は完全に裸足で過ごしました。
裸足で歩くことは繊細な感覚を取り戻すことだとそのおかげで気付きました。小さな石や濡れた苔、とげのある植物、動物のフン。日本だと車でアスファルトを走ることが主な交通手段である私の生活から離れ、もう一度自分の生きている環境をミクロ・レベルで感じ、感謝するチャンスでもありました。

今はスペイン・マドリードに来ています。
ムーブメント・メディスンと同時に私の道であるフラメンコともう一度向き合うために来ました。
毎日5時間踊ります。最初の1週間、私の身体は疲れ果て、クラスが終わってお昼を食べると目が
開けていられなくなりシエスタ(お昼寝)を3時間。夜は8時間以上眠りました。
疲れは環境の極端な変化のせいもあったでしょう。真冬から真夏へ。
寒さに震え太陽を求める場所から、汗だくになって太陽からできるだけ離れようとする場所への移動。

でも2週目に入ると格段に身体の変化を感じました。
筋肉痛はないし、シエスタをしなくても夜まで目を開けていられる! スペインの暑さにも慣れて夏だと夜10時まで明るいスペイン人の普通の生活を楽しめるようにもなりました。
それはバル!スペイン人口の120人に一つはあるといわれるバルは夜遅くまでどこもいっぱい。そしてバルに行くと、とにかくうるさいのです。それは私が思うに一人一人の声が大きいというよりも、“外向け”の丁寧な声でなく、“地声”で話しているから。

スペインにも敬語はあります。2人称、つまり「あなた・きみ」に当たる言葉が“Tu”と“Usted”。
でもこれまで買い物に行っても、バーに行っても、初めて会った人にも敬語である“Usted”を使われたことはありません。最初から“Tu”。日本語で言ったら、「きみ・お前」でしょうか。私はそのあけっぴろげさ、というかシンプルさが大好き。何年も一緒に過ごした友達も、今出会ったばかりの目上の人にも、誰にでも”Tu”を使う文化。この熱い太陽の元、深刻になんて考えていられない。誰がどんな人であろうが、みんなを平等に扱い、扱われる。
フラメンコ誕生の大切なルーツであるジプシーたちがどうしてこの地にとどまったのか、私には分かる気がするのです。


2016年8月号

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ワクワクの秘密

☆この記事は、NPO法人アグレコが月一で発行しているフリーペーパー「agreco」に寄稿しているものです。
~みんなでくらしをつくる~というテーマの雑誌で、個性あふれる方たちの描く糸が紡ぎだす月刊誌。
群馬・東京・栃木で手に入れることができます☆



私は空港が好き。この、待っている時間が好き。
どこにも属さない、まるで時が止まったような時空間に、みんな誰もがどこかに向かって旅をしている。
沢山のドラマがある。出会いや別れ。喧嘩。苛立ち。感動。わくわく!!

今イギリス行きのフライトを待ち羽田にいます。
外を見てもコンクリートと鉄の塊の飛行機、空気も空気清浄機からの送風、緑もない・・・・
そんな、普段なら逃げ出したくなってもおかしくない状況で、私の心はワクワクしている。
それは何を隠そう、「旅」が起こすマジックなのです。

「旅」とは未知の世界に飛び込むこと。
これから見えてくる風景や出会うもの・人に思いをはせ、イメージを膨らませ、感じる。
あと数時間先に立っている場所をすでにこの身体のどこかで感じながら、私たちはこの~空の港~に集う。
飛行機の中では、その鉄のオブジェの中に包まれながらヨーロッパまで約12時間。
私は今回、カタールを経由していくので、計20時間以上を空の上で、異空間の中で過ごす。
昼も夜もまじりあい、体内時計はあっという間に狂いだす。
足はむくみ、隣の人の寝息を聞きながら、窓を閉めろ、開けろとフライトアテンダントに言われながら
私のしみじみとした興奮は冷めない。

そして、この「旅」の時間で最も好きなことは、インスピレーションが湧き出してくること。
空港で待っている時間もそうだけれど、飛行機の中で、みんなが映画を見たり、寝静まったりするときにそれはピークを迎える。
ふつふつと、泉に浮き上がる湧玉のようにインスピレーションが溢れ出てくる! 
やりたかったことの詳細なイメージ。これからの人生へのビジョン・・・・・
いつもいつも不思議に思っていた。そしてある時ふと思った。
それはもしかしたら、私の身体が空に近いせいかもしれない、と。 

飛行機から地上を見ると、すべてはあまりにも小さく見える。昼間には山の山脈が、そこに流れた水が創った地上絵が水墨画のように見える。夜には光が見える。地上に見える光は、そこに人間が住んでいることを教えてくれる。そしてその光の数多く輝く姿に、感動する。
夜の都会を歩くときに、その光の多さで夜の空が見えない、電機の無駄遣いだ~と思うのに、空から見えるその生きた人間の証は、私の胸を締め付ける。いとおしくなる。
人間という、空からは蟻の姿にも見えない、小さな小さな生き物が、命が出している光を。

皆さん、旅をしましょう。そして未知の世界にワクワクしながら、人間をいとおしく感じてみませんか。


2016年7月号

自分を好きになる

☆この記事は、NPO法人アグレコが月一で発行しているフリーペーパー「agreco」に寄稿しているものです。
~みんなでくらしをつくる~というテーマの雑誌で、個性あふれる方たちの描く糸が紡ぎだす月刊誌。
群馬・東京・栃木で手に入れることができます☆



5月14日。
春うららかな日。
東京でのクラスに向かうために池袋駅の山手線に乗る階段を上っている時だった。
階段の真ん中に、女性が横たわっていた。
駅員さんがその前にいて、声をかけたり軽くゆすったりしていた。
電車の中や、駅の構内で倒れている?もしくは深く眠り込んでいる人を東京では何回か見かけているので、
それほどビックリはしなかった。でもその彼女の横を通り過ぎてハッとした。
その女性の足。ズボンを履いた上からでもわかる、その足のあまりの細さに衝撃を受けた。
そして彼女の顔を見た。
生きている顔だった。深く眠っている、というよりは夢を見て眠っている顔。
お化粧が施された可愛らしい顔を見るとまだ20代だと思う。
彼女があの場所で倒れていた理由はわからない。
でも、あの足の尋常ではない細さが、その理由の一つなのでは、と思えて仕方なかった。

私はくせ毛。
子供の時は、まっさらなストレートヘアに憧れた。何度も内緒でストレートパーマをかけ、朝は一生懸命丸まった髪を伸ばし、ドライヤーをかけて学校に行った。それでも生まれ持った強いくせはしばらくすると、必ず戻るのだった。ダイエットもやった。これはいい!と言われる世間のダイエットはなんでもやった。今はベジタリアンの私がタンパク質摂取ダイエットのため、朝からステーキを食べたこともある!

でも、ある時からストレートパーマはやめた。
痩せるためのダイエットもやめた。

それは突然ではなく、自然に起こったプロセスだった。
「自分を好きになる」
そのシンプルで無邪気な心の状態になることが、ストレートパーマも、ダイエットもしなくなるきっかけだった。
自分を丸ごと受け止めること。
サラサラのストレートヘアでなくても、細くてカモシカのような足でなくても。
クルクルと丸まる髪が今はギフトだと思うし、健全に生まれてきたこの身体に、何よりも今は感謝している。
外側からどう見えるかが基準ではなく、自分の身体と心が、今、幸せで満ち足りていること。

この世界のみ~んなが、自分のことを大好きになれますように!


2016年6月号

interconnectedness ~相互関連性~

☆この記事は、NPO法人アグレコが月一で発行しているフリーペーパー「agreco」に寄稿しているものです。
~みんなでくらしをつくる~というテーマの雑誌で、個性あふれる方たちの描く糸が紡ぎだす月刊誌。
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熊本地震発生からちょうど1週間がたちました。
4月14日からこれまで体感できる揺れが600回を超えるという尋常ではない事態に現在も熊本・九州の方たちはいます。そんな今、ここで何をお伝えしたらいいのか悩みました。

私の頭にここ数日間浮かんでいるキーワードがあります。“Interconnectedness(相互関連性)”です。
熊本での地震発生と前後してエクアドルでも大地震が発生しました。エクアドルでの死者は500人、負傷者は4000人を超えています。熊本地震よりも死傷者が多いのは地震への対策がされていない建築事情等があるようですが、一説によると地震のエネルギー量が16日の熊本でのM7.0の15倍、M7.8を記録したからだとも言われています。
日本だけでなく、世界が、地球が揺れているのです。

地質学者の方のご意見で熊本地震とエクアドルとの関連はまだわからない、という見解がありました。真剣に日々地震の事を調べていらっしゃる方たちは軽々しく言葉にはできないのかもしれませんが
この地球という一つの生命体で起こることの中で、一体関連していないものなどあるのだろうか?と思います。

ずいぶん昔に読んだ動・植物学者ライアル・ワトソンの本の中で、アメリカ西海岸と東海岸にある樹同士がコミュニケーションしている、という話がありました。確か東海岸でカエデの樹の病気を克服する微生物が発見されたすぐ後で西海岸でも自動的にその微生物が増殖し始めた、というようなものでした。それを読んだ時の感動!動かずに沈黙に佇む樹が実は想像を遥かに超える知性と能力を持って生きている。目に見えないところで私たち人間にはわからない言語で密やかに行われている会話。それを想像するだけでワクワクしました。

先週末、熊本・エクアドルでの地震と直面しながら、いったい地球はどうなるんだろう・・・今までもあった未来への恐れが私の中で大きく膨らみました。すべての命を育ててくれているこの地球が、今私たちに伝えたいことは何だろう?私たちが地球を破壊し続けていることへの警告だろうか?地球の怒りが私たち人間を振り落とそうとしているのだろうか?

その答えを求めて山に行きました。そして祈りました。地球と私たちを生かしている火・水・風に感謝を伝えた後で踊りました。その時、いつの間にか私はフラメンコの曲「アレグリアス」を踊っていました。アレグリアスとはスペイン語で「生きる歓び」。
地球は怒ってなどいない。
私たちが頂いたこの命を尊び、歓び、全うする事が地球にとっての歓びである。
私はそう感じました。命と地球を尊ぶ道を一歩一歩進んでいこう。そう改めて決心しました。  
To all my relations.

2016年5月号


身体の記憶

☆この記事は、NPO法人アグレコが月一で発行しているフリーペーパー「agreco」に寄稿しているものです。
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あれから5年が経ちました。
2011年3月11日。日本だけでなく世界にも大きな衝撃を与えた、あの大震災。
振り返ると、沢山の想いや出来事が次から次へ湧き出てきます。それはそれは、もう今生では
2度とあってほしくないことの一つです。
1年12回の月がめぐり、その月々でそれぞれの“イベント”があります。12月はクリスマスに大晦日。1月はお正月。2月は節分にバレンタイン。そして3月は3.11。これだけは私たちの心から忘れ去られることは決してないでしょう。

5年前、震災直後からしばらく余震が続きました。思い起こせば1年以上、私は“余震探知機”になっていました。わずかな揺れを感じることが一日数回ありました。調べてみると実際、毎日この地震大国日本で日常的に地震は起きています。でも、ある時ふと自分の感知しているタイミングと、気象庁が発表している地震情報を照らし合わせてみると、必ずしも一致していない・・・それは衝撃的事実でした!(笑)

2011年、私は3回イギリスへ研修に行きました。向こうでも特に朝方になると「あ、地震だ!」と思える“揺れ”を感知していました。毎日ではありません。でも10日間の滞在中4~5回はありました。地震大国日本では気象庁で報告されない、ほんとうに小さな地震を私が“超”感覚で感知していた、という事もあり得なくはない・・・と思っていましたが、イギリスではちょっとそれはあり得ない。それもそんなに高い頻度で。それでは私の身体は一体何を感知しているのだろう??

 ある時、私は母の店の厨房でお皿を洗っていました。寒い日、長そでをめくり、厚い靴下と革靴で立ち、私には少し低い、でも深さのあるシンクでお皿を洗っていた瞬間、それは起きました。突然水の滴が私の足の指に落ちたのです。「冷たいな~」と思って足を動かしてハッとしました。厚い靴下に革靴を履いた私の足の指に、水の滴が今、つくはずがない、と。でも、私の身体は感知したのです。お皿をすすぐその水がはねて、私の足の指まで届いた、かのように。

身体は記憶しています。記憶の扉はノックされれば、過去に起きたことを、生々しい身体の感覚と共に再現できます。それはあらゆる範囲に及ぶのです。戦争で腕を失った方が、まだその腕の痛みを感じるように。目の前になくても想像するだけで唾液が出てくる梅干しのように。身体という超繊細スーパー万能コンピューターを私たちは授かっているのです。

震災から5年。
想像を遥かに超える繊細で優秀なこの身体を通して見えてくる、生命という“奇跡”に大いなる感謝と敬意を表して。


2016年4月号

想いは時を超えて

☆この記事は、NPO法人アグレコが月一で発行しているフリーペーパー「agreco」に寄稿しているものです。
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古代エジプト展に行ってきました。
日本初公開となるこの展覧会をラッキーにも地元群馬の県立館林美術館で観ることができました。~魔術と神秘~という副題が付いたこの展覧会では、言葉のマジック・パワー“言霊”が5000年前のエジプトでも強い影響力を持っていたことをヒシヒシと感じて来ました。ワシや蛇・ひよこが描かれた、象形文字であるヒエログリフ。神聖な力を宿すとされ、当時権力者のお墓には副葬品としてヒエログリフが記された石版が一緒に埋葬されていました。日本でいう埴輪のようなものでしょうか。死んだあとでも、そのお方が護られますように、という祈りがこもっているものや、これまでの歴史や法律が書かれたもの。実際に敵に呪いをかけたものまで展示されていました!

動物が神聖な存在であることにも感動しました。ヒエログリフを創ったとされるトト神。その身体は人間の姿で頭は“朱鷺”。そしてトト神のインスピレーションは“ヒヒ”から受け取るという。牛・鶏・猫も神とされ、御守りでも有名なスカラベは昆虫フンコロガシ。動植物を神とあがめる文化は世界中であるけれど、現代の私たちが忘れてかけている人間以外の生命への畏敬の念。それが強く感じられました。

方角にも気を配った、こだわりの展示の中で一番印象に残っているのは“ホルエムアケトの
人型の棺”でした。展示の一番の目玉、なのでしょう。光や温度も調整され区切られた空間に入ったその瞬間、ゾワゾワゾワッとしました。一本のレバノン杉を使って掘り出された棺は、棺というよりも“生きた彫刻”でした。前方をまっすぐに見据える顔に細かく彫刻された分厚く長い髪。その存在感は圧倒的で、「死者を護り来世までの安寧を保護するために作られた」という説明に納得。最初に身体で感じたゾワゾワ感。それはきっとあの棺に込められた人々の祈りや想い。遠いレバノンから樹齢数百年はあろう一本杉をエジプトまで運び、命は絶えても魂として次の世界に渡る死者をどこまでも見守ってほしい。その強い“想い”が目には見えない形で私たちに語りかけるのです。

私たちの“想い”は5000年の時を軽く超える。そして“ものに魂が宿る”とはこういうことだ~そう体感させてもらった展覧会でした。
それにしてもあのイブ・サンローランがこの棺を以前は所有していた、ということですが一体彼の家のどこに飾っていたんだろう・・・!
ちなみにこの展覧会の正式名称は「古代エジプト美術の世界展」3月21日まで県立館林美術館で開催しています。(館林美術館に行かれたら、是非“跳ぶウサギ”もご覧くださいね。)
  
2016年3月号

感動の理由

☆この記事は、NPO法人アグレコが月一で発行しているフリーペーパー「agreco」に寄稿しているものです。
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お正月、と言えば箱根駅伝!
三つ子の魂百まで。子供の頃から毎年、親戚・家族がそろう時にテレビに映っていた箱根駅伝を見ると、ああお正月が来たな~と感じる新年の象徴。マラソンが大嫌いだった私にとっては、大学生が新年早々歯を食いしばって走ることや、みんなが一生懸命応援する意味が全く分からなかった。

でも大人になり、毎年毎年繰り返されることの重みがわかるようになってきて数年前、少しだけ真剣に見るようになった。そしてそこには、ありました!みんなが沿道に寒い中立ち、疲れても旗を振り続ける理由。それは“感動”でした。
一人が平均20㎞前後を走る。体感温度が氷点下になる標高874mの山道を走る。低体温症や脱水症状で倒れそうになっても、最後までタスキを繋ごうと走る。どの大学が優勝するのか、とか、どのランナーが区間賞を取るのかということよりも、そこには自分の全身全霊をかけてとにかく「走る」姿。そのランナー達の姿は、本当に輝かしかった。胸が震え、涙がこみ上げた。でも、私は一体何にこんなにも感動しているのだろうか?

ネイティブ・アメリカンの人々にとって、「走る」ことは「祈ること」だと聞いたことがある。走ることで母なる大地と繋がる、その祈りの儀式の一つだと。
あの箱根駅伝のランナーたちが、「祈っていた」とは思えない。でも、ほとんどの大学は優勝にはほど遠いにもかかわらず、最後まで全力を出して走る。群馬の出場校、われらが上武大学は毎回最下位近くにいるけれど、その“一生懸命さ”はどの大学にも劣らない。

目的など、実はあるようでないのかもしれない。走ること、それ自体が目的となる。チームメイトと家族、沿道で応援してくれる見知らぬ人々や、テレビ・ラジオ・テレパシー!を通して全国から声援を送る私たち。この「命を懸けた」ランナーの走る姿に、私たちは一つになる。これこそが、箱根駅伝が今年で92回続いて来た理由なのでは、とふと思った。
そして今年初めて気づいた。ランナーの何人かは完走し、タスキを繋いだ後で、体温が下がらないようジャケットを被せようとする仲間を制し、自分が走って来た道に向かい敬礼をした。
極限状態に達しても、走らせてくれた道に向かい頭を下げるその姿は、ネイティブ・アメリカンの「祈り」と、私には重なって見えた。

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