ダンシング・ウォーリアー ~踊る戦士~

Dancing Warrior


『ダンシング・ウォーリアーの道』WSを受けたのは
まだムーブメント・メディスンが一体何であるか、
言葉で表現するのが難しかった頃。

踊る戦士?
戦士が踊る?
踊るのに、戦う??

平和を求めて、平和の道としてダンスを選んだ私にとって
この「戦士・ウォーリアー」
という言葉は全くしっくりこなかった。

戦争を終わらせたいのに
何故また戦うのか??

疑問はありながらも、
これは私の選んだ道で通り抜けなければならない関所。
これを受けなければ
ムーブメント・メディスン(MM)を教える為のコースにすら辿り着けない!
腹をくくって参加したワークだった。


MMには“マンダラ” がある。
4エレメント(大地・火・水・風)をはじめとする21のステーションからなる
そのマンダラは「地図」とも呼ばれていて
MMのエッセンスがそこには表されている。

フェニックス・生命の木が中心にあり、
それは4つのエレメントに支えられ、守られている。

「地図」というものは、それが描かれている場所を歩くためのものだ。
MMのマンダラは、生命の地図だと私は思う。
人生という“旅”をする時に必要なガイド。
自分が今どこにいるか見失うとき、この地図が思い出させてくれるのだ。
生きていれば、色々なことが起こる。
そしてまさに、その人生を生まれる前に選んできた、と私は思っている。
飛び上がるような喜びの体験も、身を切り刻まれるような苦しい体験も、
全てを含めた自分の人生を。
が、そう思っていても、あきらめきれない時がある~(笑)
個人的な経験から言わせてもらえば、
「なんでこんなことが自分に起こるのか~!」とか
「ああだったら良かったのに・・・」とか
タラ・レバ的発想。
起こらなかった過去を一生懸命悔やみ、今を生きていない。
いわば人生に振り回される感覚を持つことが多かった。

その私が教わった。
ダンシング・ウォーリアー。
“踊る戦士”は
争う為の戦士ではなかった。

それは「選択」するための戦士だった。

人生で何が起ころうとも、「私」に選択権があるのだということ。
振り回されるのではなく、自分が選び取っていくのだ、ということ。

周りに押しつぶされ、「あるがままの自分」を忘れそうになる時
ダンシング・ウォーリアーはそこにいる。

私たちがどこから来たかを思い出しなさい。
自分がこの世でたった一人ぼっちである、という思いを手放しなさい、と。

大地から生まれ、水と太陽に育まれ、風に呼吸する私たちは
いつもあらゆる存在によって生かされている、ということを。

マンダラの上に立ち、私は思う。
確かに、それは戦いだ、と。

間違う勇気を持って、誰かを傷つけたら謝る潔さと共に、自分の心の声に従って生きる。
それは簡単ではない。
でも、自分以外の一体「誰」を生きる為に私たちは生まれてきたのか?

ダンシング・ウォーリアーは他の誰でもない。
あるがままの自分を生きる勇気と愛そして好奇心を持った、自分自身、なのです。




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ヤコブとの出会い 3



言葉は、ただその意味を理解しただけでは伝わらないことがある。

その人が選ぶ言葉に、どんな意図が乗っかっているのか。
その人のスタイル。

慣れるまで時間がかかる。

母国語ではない英語で
ムーブメント・メディスンのワークショップを受けながら
分からないことが余りにも多く、初めは感覚だけで捉えていたことが沢山あった。

でも、不思議なことに
ユーモアだけはわかる:))

ユーモアには、深刻すぎる時に新鮮な新しい風を吹き込んで一気に空気を変えてくれる力がある。

ヤコブはユーモアを風のように使う天才だ。

ある時、これは無事アプレンティス・プログラムで学び始めた後の話だが
毎回コースの終了時には、料理・配膳してくれた滞在先のキッチンスタッフに
チップをみんなで集めて渡すのが習慣になっていた。

イギリス出身ではない生徒もたくさんいる中で、経済的背景も様々。
ポンドという世界有数の安定した通貨は、高い。
少しの余裕もなくプログラムに参加する人たちもいる。

コース最終日に、いつも通り置かれたチップのボールに入っていたお金が
いつもより大分少なかった。
そこでアシスタントが全員のサークルで声をかけた。

「感謝の気持ちを表すチップを出せる人がいたら、ボールはまだ空いているよ」
特にそれに関して大きな反応があるわけではなかった、その瞬間
ヤコブが言った。
「自分にはない、と思う人ほど沢山あげるといい」
こう書いてしまうと、ユーモアに聞こえないが(笑)

この瞬間、みんなの注意が一気にそこに集まった。
私には、この言葉はヤコブの生き方から生まれるユーモアに聞こえた。

深刻さは全くない。
批判も全くない。
でも、その瞬間を漂っていた無関心さやグレーな空気を
一気に変える力が、その言葉にはあった。


空気を変える力。
それはあの最初に受けた「ダンシング・ウォーリアーの道」のワーク中にも感じた。

3日間のワークの最後、若干時間が遅れてしまったのか
参加者全員が最後のサークルになっている時、次にその体育館を借りる予定になっている
柔道か何かのクラブの子供たちと先生がやってきた。
入り口で大きな声が聞こえる。
オーガナイザーのキャロラインが向かったが、何か落ち着かない様子だ。
はっきりとは聞こえない。
でも時間通りに場所をあけろ!と怒っているようだ。

そんなに時間オーバーしているわけではない。
私たちはサークルをしっかりと閉じた後、ヤコブが入り口に向かった。

私はその時、あの場に流れた空気を今でも覚えている。

怒りのエネルギーがわーっ!と渦巻く中、
ヤコブが言葉をかけると、まるでその渦が小さくなるかのようにしぼんでいった。

大した言葉をかけている訳ではなかった。
ヤコブが怒りに対して怒りを投げかけた訳でもなかった。

ただそこには、ダンシング・ウォーリアーにチューニングしていた時の
ヤコブそのものがいた。

この人の事は信頼できる。

それを肌で感じ取った瞬間だった。

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