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ムーブメント・メディスンとの出会い 1


ムーブメント・メディスンとの出会いは2010年の事でした。

当時私はパレスチナの難民キャンプに住みながら踊りを教えていました。

もともとパレスチナには「デブカ」という民族舞踊があります。
それはジャンプしながら足のステップを行う、アイルランドの
「リバーダンス」を思わせるような動きもあるので、
フラメンコの足のステップやリズムを子供たちに学んでもらうことは
すごく自然なことでした。

イスラムの文化圏であるパレスチナでは
大人になると男性と女性が同じダンスのクラス・・・
というのは難しいものの、子供たちだと話は違います。
男の子・女の子が共に踊るクラスで、パレスチナの音楽に合わせて
フラメンコを踊ったりしていました。

子供たちは世界中どこも同じ。
難民キャンプの子だろうが、スペインのジプシーの子供、日本の
普通の小学生も面白いことを発見したら、好奇心に溢れた目が
キラキラと輝きます。
その時、彼らは自由です。
自分が難民であることも、パレスチナ人であることも、男の子・女の子で
あることも忘れ一生懸命足を動かし、私の口から出る片言のアラブビア語に
笑いながら踊るのです。

こんなにも嬉しい事はありません。
何らかの理由で目にクマがあったり、決して顔を上げようとしない子たちも
全てを忘れて今この瞬間に幸せを見つける。
その瞬間をできるだけ沢山積み重ねたくて、私は難民キャンプにいました。

難民キャンプ、というと最初に思い浮かぶのはテントでしょうか。
今のパレスチナ難民キャンプはテントではなく、コンクリートの建物が
所狭しと並ぶとっても小さな町です。
1950年代に大寒波がやってきて、多数の死者が出たために
国連がお金を出して、土地を借り上げコンクリートの平屋を建て始めました。
そこに少しづつ2階・3階と上に伸び、横にも伸び・・・と若干モザイクの
ようにも見える建物がくっついて建ち並んでいるのです。


その難民キャンプでの生活で、自炊も結構したのですが、
手軽で一番よく食べたものは
私が住んでいた家から歩いて15秒のところに売っている“ファラフェル”。
ひよこ豆をつぶし、ハーブやニンニクと混ぜ揚げたものを
ピタパンにはさんで食べる、パレスチナでも国民的な食事。
それが安い!
ピタパンの中にトマトときゅうり、キャベツのサラダとかを入れてくれて
1個50円位。

そしてチャイ。
日本でも飲まれるようになったインドのミルクティーではなく
パレスチナでも、チャイ(微妙にシャーイと言ったりする)と呼ばれるのは
お茶のこと。セージとかミントを入れた紅茶に砂糖をたっぷり入れて飲む。
その家それぞれの“味”があり、どこの家に行っても小さなガラスのコップで
出されるチャイ。
今でもセージ入りのチャイを懐かしく思い出します。


話は大分それましたが 笑
パレスチナの難民キャンプに住みながら、
私にはもう一つの仕事がありました。

それはイスラエルに踊りを教えに行くことでした。

私が住む難民キャンプはイエス・キリストが生まれたといわれるベツレヘム。
それは同じく聖地であるエルサレムと隣同士であり、私は検問所を抜けて
エルサレムからバスに乗り、3時間くらいかけて砂漠にある一風変わった
ダンス・スクールに教えに行っていました。

一風変わった、というのは
ダンス・スクールでありながら
ヨガや園芸、絵画やマッサージも履修に入る学校だったからです。
ダンスを学びながら、一見まったく違う方面から、その人の芸術性や
人間性を育てる。私はその学校の自由さ、斬新さ、温かさが大好きでした。
パレスチナから通う日本人のフラメンコ教師!の私を尊重し、
いつも背中を押してくれていました。

その学校は砂漠の街中にあり、大きな倉庫を改修して学校にしていました。
そのスペースを利用して、様々なイベントやリトリート、ワークショップも
受け入れていたのです。

その一風変わったダンス・スクールこそが
ムーブメント・メディスンとの出会いをくれたのです。

つづく




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誕生


クリスマス・イブの今日、ブログを初めました。

イエスが生まれた日、として祝われる明日のクリスマス。
一番長い夜から、再び春に向けて太陽が「生まれる」冬至。
そして今年は19年に1度、その冬至と月の「誕生」である新月が重なる
珍しい朔旦冬至、でした。

そして私自身の誕生日もこの12月。

何かを始めるには最高の時です:)


2014年も
たくさんの有り難い出会いと学びがありました。


今年あった一番大きな学びは
「夢」

ルシッド・ドリーミング、というチベットのドリームヨガです。

今年の9月はイギリスでのムーブメント・メディスンのトレーニングに
はじめてアシスタントとして参加してきましたが、
その中で取り入れられていたのが、このルシッド・ドリーミング。
日本語訳すると、「明晰夢」というらしいです。

英語の“ルシッド”(光り輝く・澄んだ)の響きの方が好きなので
こう呼び続けます。

ルシッド・ドリーミングで学んだことは
「夢」は無意識からの私たちへのメッセージだ、ということ。
そしてそのメッセージの大元である無意識に働きかけることが
一番簡単に、さらに楽しくできるのも「夢」を通して、だということ
です。

ではその「ルシッド・ドリーミング」とは一体何か?

それは簡単に言うと
夢の中で“目覚める”ことです。

チャーリー・モーリー。
イギリス人で若くしてチベットの高僧にこのメソッドを教える許しを
得た彼はもとはラッパーで、ブレイクダンスのグループにも参加
していた。教わることなく、17歳で自然にルシッド・ドリーミングを
見はじめて導かれるように、この道を究めていく。

彼が言っていました。
「夢はコントロールするものではありません。
大きな海という無意識を航海する、船乗りになることが
このルシッド・ドリーミングです」

夢を通して、自分の無意識のパターンを変えることができる。
病気を治すことができる。
悟りの境地に近づくこともできる。

でも
そこで一番大切なことが3つあります、と。

ACCEPTANCE 受け入れる心
FRIENDLINESS 友情・親切心
KINDNESS いたわり・慈しみの心

まず、どんな夢も受け入れること。
夢は私たちの通常の思考回路では理解できない表現で
コミュニケーションしています。
それを無理に解釈・批評しないこと。

そして夢のどんな登場人物や物事に対しても親切であること。
全ては私たちのマインドが創っているものです。

そして
自分と世界の全てに対してのいたわりと慈しみの心を持つこと。
この心を持つことこそが、ルシッド・ドリーミングの目的でもあるのだ、と。


夢を通して自分が癒され、病気を治すことも大切だけれど、
私たちが繋がり、生かされている生命の連鎖に感謝し、愛を持つことで
全ては意味を成す、と。


2014年もあと一週間。

新しく生まれる2015年へ向けて
色々なビジョンや夢が生まれています。

その夢を実現させていく為にも、眠るときの「夢」をしっかりと
見ていきたいと思います。
無意識からのメッセージを受け取りながら、
自分と世界を大切にしながら
一歩一歩、踊るように、前へ進んでいきます。


サポートしてくださっているすべての存在に感謝を込めて。


*「夢」についてのお話を月1回しています。
 毎月第2土曜、13時~「じゅじゅの癒(ゆ)にて」
https://www.facebook.com/juju.healing

















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